ブロックチェーン金融コンプライアンス

ステーブルコイン規制の国際動向と国内法制への影響:金融機関のコンプライアンス戦略

Tags: ステーブルコイン, 規制, コンプライアンス, 金融法務, 国際規制

はじめに:ステーブルコインが金融システムにもたらす新たな課題と機会

ブロックチェーン技術の進展に伴い、ステーブルコインはデジタル資産市場における重要な要素としてその存在感を増しています。特に、その価格安定性という特性から、決済手段としての利用や分散型金融(DeFi)エコシステムにおける基軸通貨としての役割が期待されており、大手金融機関にとっても無視できない動向となっています。一方で、その急速な普及は、既存の金融システムに与える潜在的なリスクや、マネーロンダリング・テロ資金供与(AML/CFT)対策、消費者保護といった観点から、世界各国の規制当局や国際機関の厳格な監視下に置かれています。

本稿では、ステーブルコインに関する国際的な規制動向と国内法制への影響を詳細に分析いたします。金融機関がこれらの変化にどのように対応し、確実なコンプライアンス体制を構築していくべきか、その具体的な戦略と実務的な示唆を提供することを目的といたします。

ステーブルコインの多様性と法的性質の整理

ステーブルコインは、その裏付け資産や価格安定化のメカニズムによっていくつかの種類に分類され、それぞれの法的性質も異なります。

これらの分類に応じ、適用される可能性のある国内法制は、資金決済法、金融商品取引法、銀行法など多岐にわたります。例えば、法定通貨担保型ステーブルコインが実質的に銀行預金と同様の機能を果たす場合、銀行法に基づくライセンスが必要となる可能性も議論されています。

国際的なステーブルコイン規制の動向

国際社会では、ステーブルコインがグローバルな金融安定に与える影響について、主要機関が連携して規制枠組みの議論を進めています。

金融安定理事会(FSB)による勧告

金融安定理事会(FSB)は、グローバルなステーブルコイン(Global Stablecoin: GSC)が金融システムにもたらしうるリスクを認識し、2020年10月に「グローバルなステーブルコインのアレンジメントに関するハイレベル勧告」を公表しました。この勧告では、GSCが金融安定に与える潜在的なリスクに対処するため、規制当局が以下の主要な原則に基づいて対応すべきであると提言しています。

FSBはその後も進捗レポートを公表し、各国が勧告をいかに国内法制に落とし込むかについてモニタリングを継続しています。

G7/G20での議論

G7およびG20の財務大臣・中央銀行総裁会議においても、ステーブルコインに関する議論は優先事項の一つとなっています。特に、G20はFSBに対し、ステーブルコインを含む暗号資産の規制に関するロードマップを策定するよう要請しており、FSBが2023年7月に公表した「暗号資産活動の国際規制に関するロードマップ」には、主要な国際基準設定主体(SSBs)による暗号資産及びGSCの国際的な規制枠組みの最終化に向けた具体的なスケジュールが示されています。

主要国・地域における規制の動き

国内法制への影響と改正の動き

国内においても、国際的な規制動向を踏まえ、ステーブルコインに対する法整備が急速に進められています。

改正資金決済法による「電子決済手段」の定義

2023年6月1日に施行された改正資金決済法では、ステーブルコインのうち、日本円または外国通貨建てで、不特定の者との間で資金の移動に利用でき、かつ、不特定の者に対して代金の支払いに利用できるものを「電子決済手段」として定義し、発行者に対して登録制、利用者保護、準備資産の保全措置などを義務付けています。これは、法定通貨担保型ステーブルコインを主要な対象とした規制であり、その信頼性と透明性を確保することを目的としています。

この改正により、発行者は銀行、資金移動業者、信託会社のいずれかのライセンスが必要となり、仲介業者も登録制となります。具体的には、電子決済手段の流通に伴う流動性リスク、信用リスク、オペレーショナルリスク等に対して、発行者および仲介業者は適切なリスク管理体制を構築することが求められます。例えば、発行者は電子決済手段と同額以上の準備資産を保全するための措置(信託保全など)を講じなければなりません。

既存法制との整合性

改正資金決済法は、ステーブルコインを既存の資金決済システムに組み込むための重要な一歩ですが、既存の銀行法、金融商品取引法との整合性も課題となります。

金融庁は、これらの法制の複雑な適用関係について、Q&Aやガイドラインを通じて継続的に見解を提示しており、実務においては最新の当局見解を常に確認することが不可欠です。

金融機関が構築すべきコンプライアンス戦略

大手金融機関がステーブルコインに関連する事業展開を検討する際、または間接的に影響を受ける際に、以下のコンプライアンス戦略を構築することが重要です。

1. リスク評価と管理フレームワークの構築

ステーブルコインの種類と事業モデルに応じた詳細なリスク評価を実施し、適切なリスク管理フレームワークを構築する必要があります。

2. AML/CFT体制の強化と取引監視

FATFのガイダンスに基づき、ステーブルコインを含む暗号資産の取引におけるAML/CFT対策は強化が求められています。

3. 内部統制・ガバナンス体制の整備

ステーブルコイン関連事業のリスクを適切に管理するため、強固な内部統制およびガバナンス体制の構築が不可欠です。

4. グローバルな規制動向への継続的なモニタリングと国内ガイドラインへの落とし込み

国際的な規制フレームワークは進化の途上にあり、主要国・地域においても法制化の動きが活発です。

結論:進化するステーブルコイン規制への戦略的対応

ステーブルコインは、その利便性と潜在的な金融安定リスクの両面から、今後も金融規制の最前線に位置し続けるでしょう。国際的な議論が深化し、国内法制が急速に整備される中で、大手金融機関は受動的な対応に留まらず、能動的かつ戦略的なコンプライアンス体制を構築することが不可欠です。

本稿で詳述したように、多様なステーブルコインの法的性質を正確に理解し、国際的な規制動向を常時モニタリングすること、そして、これらを自社のリスク評価、AML/CFT体制、内部統制・ガバナンスに統合していくことが求められます。これにより、金融機関はステーブルコインがもたらす新たな金融イノベーションの機会を捉えつつ、規制遵守という社会的責任を果たすことができるでしょう。